生成AIがもたらす業務効率化の波は、雇用のあり方そのものに揺さぶりを掛けつつある。飲食店向けSaaSを展開するスタートアップのダイニー社が2025年6月に実施した大量退職勧奨は、その最前線で起こった出来事として注目を集めた。

AI化を理由とする整理解雇の許容性
CNET Japanは「生成AI勃興でリストラ敢行 巨額調達ダイニーが人材削減に踏み切った理由」という記事で、ダイニーが2025年6月、全従業員のおよそ2割にあたる30〜40人に退職勧奨を行ったことを伝えた。会社側は「生成AIによる業務効率化」と「海外ベンチャーキャピタルによる収益性改善要請」を理由に掲げているが、売上高は前年の約2倍に伸長しており、経営不振ではないと説明されている。他方、退職対象者の選定基準や労使協議の具体的手続、再配置の検討状況などは公表されていない。このように、企業が成長局面で人材を削減するという構図は、「AI化を理由にしたリストラは正当化されるのか」という疑問を呼び起こす。日本の現在の解雇法制も踏まえてAI化によるリストラについて考えてみよう。
ダイニーが実施したとされる退職勧奨は形式上あくまで労働者の自由意思に基づく合意退職である。AIによる人員余剰が実際の理由だったとしても、労働者の自由意思によって労働者が退職したという話であればもちろん何ら法的な問題はない。しかし、退職勧奨の過程に過度な圧力が加わった場合や、応じない社員を最終的に解雇する計画がある場合には、裁判所が整理解雇と同視して妥当性を審査する可能性が高い(ダイニーがそうだと言っているわけではなくあくまで一般論の話だ)。日本の裁判例は、企業が存続の危機に瀕しているか否かを厳格に吟味し、単なる効率化や投資家の期待といった抽象的動機だけでは退職勧奨の適法性(さらには整理解雇の正当性)を認めない傾向にある。AI化を理由として従業員を解雇したいというような企業にとっては、必要性の立証は一層困難となるだろう。
整理解雇4要件の詳細
もっと具体的に見てみよう(なお、くどいようだが以下はダイニーの話ではなくあくまで一般的な話である)。整理解雇をする場合、以下の4要件のうち1つでも欠ければ無効リスクが高まる。退職勧奨であっても、勧奨過程が強圧的であれば同じ観点で判断されることが多い。
人員削減の必要性
企業存続に関わる客観的根拠(財務指標や資金繰りの逼迫など)が不可欠である。売上高が増加傾向にあるスタートアップであれば、この要件の立証が難しいと推測される。判例でも、赤字計上や債務超過が恒常化している場合にのみ「必要性」を肯定する傾向が強い。
解雇回避努力義務
配置転換・出向・採用抑制・役員報酬削減など、解雇を避けるための具体策を尽くしたかが問われる。AIによって業務余剰が生じた場合でも、再教育や職務再設計で吸収を図ったかが審査対象となる。
人選の合理性
客観的かつ透明性の高い基準に基づき対象者を選定したかが評価される。特定職種に偏重した削減や、高齢者・女性に集中する削減は差別的取扱いとみなされるリスクがある。
手続の妥当性
従業員や労働組合への事前説明と協議、十分な文書化が不可欠である。退職勧奨であっても面談回数や発言内容に過度な圧力がないかが厳しくチェックされる。退職に追い込むための連日の面談と高圧的言動が「退職強要」と認定され、慰謝料請求が認容された判例もある。
以上の4要件は相互補完的であり、ひとつでも欠ければ退職勧奨が実質的に整理解雇と評価され無効とされるリスクが高まる。
退職勧奨と退職強要の境界は?
退職勧奨は合意退職を前提とするが、説得を超えて威迫的な言動があれば「退職強要」と評価され違法となる。具体的には、短期間に繰り返し面談し、個室に隔離したり、「応じなければ降格・配置転換」といった不利益示唆を行ったり、会社内での孤立を演出したりするといった行為が典型例である。
この点、ダイニーに関する報道では退職勧奨手続の具体像が不明であるが、一般論として対象人数・時期・面談方法によってはリスクが顕在化し得る。退職勧奨が従業員の同意を欠き「退職強要」と評価された場合、裁判所は実質的に整理解雇かどうかを判断し、整理解雇4要件(①人員削減の必要性 ②解雇回避努力 ③人選の合理性 ④手続の妥当性)を総合考慮して有効性を審査する。成長局面にある企業が専門人材をまとめて削減する場合、①の必要性と②の回避努力の立証ハードルは特に高い。
生成AIの台頭は組織再編を加速させるが、日本の労働法制は雇用維持を前提とする枠組みを堅持している。AI化を理由としてもそう簡単に人を切ることはできないのだ。ダイニー事件は、その課題とリスクを浮き彫りにし、AI時代のリストラの在り方を再考させる契機となる。