GPT-5は、単なる性能向上ではなく、問い合わせ内容に応じて内部経路を切り替える統合設計と、長大な文脈・ツール連鎖を前提とする実務志向の世代である。本稿は、GPT-4系までとの相違点を10項目に整理し、導入設計の要点を明確化する。

1. 統合ルーティング:単一モデル主義からの脱却
前世代はユーザーが用途に応じてモデルを選ぶ発想であったのに対し、GPT-5は内部で高速経路と深い推論経路を切り替える“ユニファイド・ルーティング”を採用する。これにより平均レイテンシを抑えつつ難問では推論資源を厚く配分でき、ユーザー側のモデル切替負担が軽減される。
2. ロングコンテキストの実運用安定性
数十万トークン級の文脈を扱うバリアントが実務水準で安定し、章跨ぎの一貫性や参照の持続が向上した。大部の仕様書・コードベース・法令集を前処理最小で投入できるため、前処理設計の負担が相対的に下がる。ただし厳密な根拠提示やバージョン固定を要する場面ではRAGの併用が依然として推奨である。
3. コーディング体験:補完から“実行可能な提案”へ
コード生成は関数単位の補完中心から、テスト生成、依存解決、差分提案、UI意図の解釈まで踏み込む。レガシー移行や大規模デバッグ、設計—実装—検証の一気通貫が現実解になり、開発初期の空転が短縮される。
4. エージェント化:状態管理とエラー復旧の前提化
ツール実行は単発の関数呼び出しから、状態を持ったワークフロー運用へと進化した。外部API連携、ファイル生成・検証、リトライ戦略、差分適用をモデル側が提案・運用できるため、“自走感”が大きい。組織側は権限分離、監査ログ、ロールバックの設計を前提とすべきである。
5. マルチモーダル理解:図版・UI・数式の一体解釈
テキストと画像を跨いだ仕様抽出が安定し、デザインシステムのトークンやコンポーネント階層の読み取り、図表と本文の相互参照を踏まえた要件化が実務で使える精度に達した。研究や報道における図表の整合性チェックも高速化する。
6. 事実性の扱い:不確実性開示と確認誘導の強化
曖昧な前提に対して不確実性を開示し、追加確認を促す振る舞いが強化された。とはいえモデル単体での完全正確性は保証されないため、検索・RAG・データ固定・出典リンクの設計を前提とする運用が不可欠である。
7. ガバナンス:ポリシー適用の細粒度化
出力フィルタ、PII処理、ツール権限をケース単位で制御しやすくなり、監査ログの整備と合わせて再現性と説明責任を確保しやすい。対外公開では安全ブロックと利便性のバランス、社内利用では権限設計と監査体制が鍵となる。
8. コストとレイテンシ:ワークフロー単価という発想
内部経路の切替により軽量経路では費用と待ち時間が下がる一方、深い推論や長文脈、ツール連鎖では従量が増える。入出力トークンだけでなく、経路種別とツール実行回数を含めた“ワークフロー単価”で見積もるのが妥当である。上限設定、キャッシュ、フェイルオーバーの設計が体感性能を左右する。
9. RAGとの関係:不要化ではなく役割再定義
長文脈の拡大は投入の手間を減らすが、根拠のバージョン管理、引用の厳密性、アクセス制御はRAGの守備範囲である。GPT-5世代では、長文脈を“広く理解させる層”、RAGを“根拠を確定させる層”として分担する設計が合理的である。
10. 移行と互換性:プロンプトからワークフローへ
多くのGPT-4系プロンプトは動作するが、GPT-5の価値は工程の分業化と役割明示で最大化される。要件整理、設計、実装、検証、出典確認を段階化し、各段で入出力制約と評価基準を指定する。評価も単発の人手採点から、回帰テストと合否判定、速度・コストの自動収集を含む“継続評価”へと移行することが望ましい。
まとめ
GPT-5の違いは、強い単体モデルというより、課題に応じて賢く経路を切り替え、長文脈・ツール連鎖を前提に仕事を進める“統合的な運用単位”になった点にある。導入では、工程分解、根拠アクセス、監査と上限管理を揃え、まず小規模パイロットでワークフロー単価と品質を可視化するのが近道である。