今回、「Leadership Live Japan」に出演するゲスト、ヤンマーホールディングス株式会社の 取締役 CDO(Chief Digital Officer)、デジタル本部長の奥山博史氏をお迎えし、CDOのキャリアや仕事観、やりがい、魅力などについて語ってもらいました。

化学者志望から経営の最前線へ:私がヤンマーにたどり着くまでの軌跡
私はもともと化学者を志し、大学・大学院では化学を専攻していました。しかし、研究の世界に身を置く中で、自分は化学そのものよりも、それを活かしてビジネスの現場で価値を生み出すことに魅力を感じていると気づきました。そこで、新卒では総合商社に入社し、化学品の営業としてキャリアをスタートさせました。
その後、経営の本質をより深く理解したいという思いから、アメリカに留学しMBAを取得。卒業後はスイスの化学品貿易会社でCFOとして約4年間、グローバルな経営の現場を経験しました。
帰国後はボストンコンサルティンググループにて7〜8年にわたり、さまざまな業界の経営課題に取り組み、戦略立案から実行支援まで幅広く携わりました。そして、より長期的な視点で社会に貢献できる事業に関わりたいという思いから、ヤンマーへの入社を決意しました。
ヤンマーを選んだ理由は二つあります。
一つは、食料やエネルギーといった人間の生存に不可欠な領域で、テクノロジーを通じて社会に貢献している点。もう一つは、オーナー企業として長期的な視点で経営ができる環境が、自分の価値観と合致していたことです。
入社後は、本社で経営戦略やマーケティングを担当した後、建設機械事業会社の責任者として約4年間、事業の現場をリードしました。そして2022年6月からは本社に戻り、現在のポジションでデジタル・IT領域を担当しています。
実はこの分野は未経験で、かつては“抵抗勢力”側だった自分が、今はその推進役として取り組んでいるというのも、キャリアの面白い転換点だと感じています。
現場から始めるデジタル変革:“隠れた才能”をつなぎ、動かす力
ヤンマーの建設機械事業に在籍していた時期、私は「デジタルとは対極にいた」と自認していました。しかし、だからこそ現場の視点からデジタルを捉え直し、実際の業務課題に根ざしたデジタル施策を推進することに力を入れました。
私が重視したのは、「お客様にとっての価値とは何か」「生産性をどう高めるか」という問いに最も近いのは”現場”である、という考え方です。
実際、現場にはRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)や機械学習などを独自に活用し、業務を最適化している社員が少なからず存在していました。ただし、そうした取り組みは多くが“ひっそり”と行われており、上司に知られると「本業と関係ないことをするな」と咎められることもあったのです。
私はこの状況を「もったいない」と感じ、現場での自発的なデジタル活動を組織的に支援する仕組みづくりに取り組みました。
具体的には、口コミを通じて有志を集め、学び合いや相談ができるコミュニティを立ち上げました。そして、リモートでの勉強会や専門家を招いたセッション、ベストプラクティスの共有などを通じて、現場の知見を可視化・横展開する仕組みを整えたのです。
その結果、現場発のデジタル施策が次々と実現され、組織全体としての生産性向上にもつながりました。これは、私自身が「デジタル推進の外側」にいたからこそ築けたアプローチであり、現場と経営をつなぐ橋渡しとしての役割を果たせた、象徴的な経験だったと感じています。
「ぐるぐるモデル」で回すDX:ヤンマーCDOが挑む“現場発”の変革戦略
ヤンマーの建設機械事業に在籍していた当時、私は「現場起点のデジタル化」に力を入れました。というのも、現場にはすでにRPAや機械学習などを活用して業務を最適化している社員が存在していたにもかかわらず、そうした取り組みは上司に知られることを恐れて“地下活動”のように行われていたのです。
背景には、部課長の中間管理職が「デジタルが自分たちのビジネスにどう貢献するのか」をイメージできていないという課題がありました。そのため、現場がどれだけ頑張っても、上司の理解が得られず、表向きは従っているように見えても、実際には動かないという“面従腹背”の状態が起きていました。
そこで私はまず、現場の有志を集めてコミュニティを形成し、学び合いや情報共有の場を提供。現場での成功事例を積み上げ、それを経営会議の場で定期的に紹介することで、事業部長に「これは他人事ではない」と感じてもらうようにしました。
この「現場からのボトムアップ」と「経営層からのトップダウン」の両面から中間層を挟み込む、いわば“サンドイッチ戦略”を展開することで、もともと抵抗勢力だった部課長の意識を変えていきました。
重要なのは、デジタルを“押し付ける”のではなく、「これはあなたの事業課題ですよね?」と共感をベースに対話を始め、「我々はその解決を支援できます」と寄り添う姿勢を貫いたことです。課題が本物であれば、成果が出れば自然と実装される。だからこそ、PoC(概念実証)で終わらせず、実装率の高いプロジェクトを実現できたのです。
このモデルは本社に戻りCDOとしての立場になってからも継続しており、当初は重たかった組織の歯車も、今では確実に動き出し、加速しつつあります。
さらに、デジタル化が目的化してしまうことを防ぐために、私は「ぐるぐるモデル」という考え方を導入しました。これは、仮説構築 → 情報収集 → 意思決定 → アクション → 再評価というビジネスの基本サイクルを、高速で回すためにデジタルを活用するというものです。
基幹システムの刷新も、RPAも、AIも、すべてはこのサイクルを回すための手段であるという共通認識を持つことで、デジタル化が本来の目的――”事業価値の向上”――に直結するようにしています。
苦手でも逃げない:異動先でハイパフォーマーになる覚悟
私のキャリアにおいて一貫して意識してきたのは、「自分が専門だと思っていない領域にも積極的にチャレンジする」という姿勢です。事業とは複雑な有機体のようなもので、単一の視点では本質的な改善点を見つけることは難しい。だからこそ、営業、財務、戦略、新規事業、マーケティング、そして現在のデジタル領域まで、さまざまな機能を経験することで、複眼的に事業を捉える力を養ってきました。
特にデジタル領域は、私にとって“素人”からのスタートでした。しかし、これまでの多面的な経験があったからこそ、事業の本質に根ざしたデジタル施策を推進できていると感じています。
もう一つ大切にしているのは、「与えられた場でまずは黙って頑張る」という姿勢です。
キャリアの中では、自分で選べない異動やアサインメントもあります。そうした時でも、まずはその場で高いパフォーマンスを出すことに集中する。なぜなら、成果を出さなければ次のチャンスは巡ってこないからです。
たとえ苦手意識がある領域でも、そこでハイパフォーマーになる努力をすることで、自分の可能性が広がり、結果としてキャリアの選択肢も増えていく。そうした積み重ねが、今の自分の強みにつながっていると感じています。
より具体的なCDOの仕事観、やりがいや魅力に焦点を当て、リーダーシップやITリーダーへの効果的なアドバイスなど、奥山氏に話を聞きました。詳細については、こちらのビデオをご覧ください。
CDOのやりがい、魅力について:
私が今のポジションに魅力を感じている理由は、大きく二つあります。
一つ目は、テクノロジーの最前線に立てること。
AIやデータ、クラウド、IoTなど、今まさに最もダイナミックに進化している分野に身を置きながら、それを自社のビジネスにどう活かすかを真剣に考え、実行できる立場にあるということです。これは、単なる情報収集ではなく、実際に自分の手で会社の進化をドライブできるという点で、非常にやりがいがあります。
二つ目は、全社の文化やビジネスモデルの変革を自ら推進できること。
デジタルは単なるツールではなく、企業文化や働き方、意思決定のプロセスそのものを変える力を持っています。私はその変革の“最先鋒”として、ヤンマー全体をより強く、しなやかに進化させる役割を担っていると感じています。
その象徴的な事例が、ある工場での取り組みです。これまで排水の安全確認は、担当者が片道20分かけて現場に行き、目視でチェックするという非効率なものでした。しかし、ある社員が「これは課題だ」と感じ、私たちのデジタルコミュニティに参加。学びながら、自らソリューションを作り上げました。
彼は、排水口にカメラを設置し、クラウドに映像をアップロード。画像認識AIを使って排水の状態を自動判定し、異常があればRPAで担当者に通知する仕組みを構築しました。IT未経験だった彼が、現場の課題を起点に、完全自動化された監視システムを作り上げたのです。
これはまさに、私が提唱する「ぐるぐるモデル」の実践例です。
仮説 → 情報収集 → 意思決定 → アクション → 再評価というサイクルを、デジタルの力で高速に回す。この考え方を軸に、ヤンマーのあらゆる業務を進化させていくことが、私のミッションです。
こうした取り組みを通じて、現場と経営、テクノロジーと人間の力をつなぎ、ヤンマーの未来を形づくっていく。その最前線に立てていることを、私は誇りに思っています。
リーダーシップに関して、成功するCDO(およびマネジメント層)に必要なことは何ですか?
私が日々の仕事の中で大切にしていることが二つあります。
一つ目は、異分野からの視点を持つことです。
私は理系出身で、自然科学や歴史、生態学など、ビジネスとは一見関係のない分野の本もよく読みます。実は、こうした分野にはビジネスに通じるヒントが数多くあります。
たとえば、生態学の「ニッチ理論」は、マーケティングのSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)と非常に似ています。のっぺりと見える市場にも、実は細かなニーズの違いがあり、それぞれに適した戦略がある。あるいは進化論の「強いものが生き残るのではなく、変化できるものが生き残る」という考え方は、変化の激しい現代のビジネス環境において非常に示唆に富んでいます。
こうした異分野の知見をビジネスに応用することで、より柔軟で本質的な意思決定が可能になると感じています。
二つ目は、カオスな状況に対する耐性と柔軟性です。
VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代において、すべてを予測しようとするのではなく、起きたことに対して冷静に、柔軟に対応する力が求められています。
この力は、私のバックパッカーとしての旅の経験から培われたものでもあります。これまで140か国以上を訪れ、最近では中央アジアのタジキスタンにも足を運びました。海外では、予想外の出来事や価値観の違いに直面することが日常茶飯事です。そうした中で、慌てず、相手を理解し、状況に応じて行動する力が自然と身につきました。
この「カオス耐性」は、ビジネスの現場でも非常に役立っています。特に変革期においては、計画通りに進まないことも多く、そうした時にこそ、落ち着いて本質を見極め、次の一手を打つ力が問われます。
ITリーダーを目指す人たちにどのようなアドバイスをしますか?
デジタルやITの世界では、最先端の技術や理想的な未来像(To-Be)を語ることが多くあります。もちろん、それ自体は重要です。しかし本当に価値があると考えているのは、「理想と現実の間に橋を架ける力」です。
理想像を描くことは、ある程度知性があれば誰にでもできます。ですが、今の組織の能力や文化、変化への耐性、学習スピードを正しく理解した上で、「では、最初の一歩は何か?五歩目は何か?」という具体的なロードマップを描くことは、はるかに難易度が高い。そこには、組織に対する深い洞察と、変革の限界を見極めるバランス感覚が求められます。
この「現実を動かす力」こそが、デジタルリーダーにとって最も重要な資質の一つだと私は考えています。
もう一つ大切なのは、人を動かす力です。
どれだけITの専門性が高くても、最終的に変革を実現するのは「人」です。現場や事業部を動かすには、技術だけでなく、人間力や説得力、共感力が不可欠です。
私自身、まだまだ学びの途中ですが、こうした「人を巻き込む力」を意識しながら日々取り組んでいます。ITリーダーを目指す方々には、技術と同じくらい、人と向き合う力を磨くことを大切にしてほしいと思っています。
今後の展望、中長期的な取り組みについて:
これまでヤンマーでは、現場起点のデジタル化を着実に進めてきました。現場の課題に根ざした取り組みが成果を上げ、組織全体にデジタルの文化が根づきつつある今、私は次のステージとして二つのチャレンジに取り組んでいます。
一つ目は、製品そのものの進化です。
私たちは製品をつくる会社です。だからこそ、製品自体にAIやデジタル技術を組み込み、お客様の手元で進化する製品を目指しています。たとえば、AIがユーザーの使い方を学習し、より最適な動作を自律的に実現する。あるいは、テレマティクスでクラウドとつながり、製品とサービスが一体となって進化していく。そんな未来を現実のものにしようとしています。
二つ目は、業務プロセス全体のトランスフォーメーションです。
これまでのDXは、既存のプロセスの中で一部を効率化する、いわば「つぶつぶのDX」でした。たとえば、製品開発のある工程にAIを導入して効率を上げる、といった取り組みです。
しかし今後は、プロセス全体を再設計することに挑戦したいと考えています。AIやデジタルを前提にすれば、工程の順番を入れ替えたり、並列化したり、そもそも不要な工程をなくすことも可能です。つまり、部分最適ではなく、全体最適の視点で業務そのものを再構築する。これが、次のフェーズのDXだと考えています。
このように、現場の力を土台にしながら、製品とプロセスの両面で「進化する組織」へと変革を進めていくことが、今の私のチャレンジです。
以上