生成AIの利用は、ユーザーの社会経済的地位(SES)によって目的も話し方も異なる──最新の大規模調査はこの直感をデータで裏づけました。本稿では、この知見をプロダクト設計に落とし込むための実装指針を解説します。

今回取り上げる論文は “The AI Gap: How Socioeconomic Status Affects Language Technology Interactions”。社会経済的地位(SES)の違いが生成AIとのインタラクションにどのような差をもたらすかを、アンケートと実使用データの両面から検証しています。研究チームは、1,000人の参加者から言語技術・生成AIの利用実態を調査し、さらに過去の実使用プロンプト6,482件を収集して言語的特徴を分析しました。代理指標や合成データに頼らず、実際の利用痕跡で「AIギャップ」を可視化した点が大きな貢献です。
被験者は主として英米のクラウドソーシング・プラットフォームを通じて募集され、主観的社会階層(MacArthur Scale、1〜10)で自身のSESを申告しました。調査は、①利用頻度と文脈(仕事・学習・娯楽など)、②具体的タスク(要約、校正、コーディング、雑談など)、③過去プロンプトの言語分析、という三層で構成。倫理審査や匿名化、報酬水準への配慮も明記されています。
この研究で分かったこととは?
主な結果①:利用頻度はSESが高いほど増え、文脈は「仕事・学習」に寄る
まず、SESが高いほどチャットボットの利用頻度が高いという関連が観察され、統計的に有意でした。文脈別では、中〜高SESほど「仕事/学校・学習」での利用が多く、低SESでは「娯楽」のために使っている比率が相対的に高いという傾向が確認されました。著者らは、アクセス環境やデジタル・リテラシー、習慣(ハビトゥス)の差が背景にある可能性を示し、こうした違いが活用格差の固定化につながり得ると論じています。
主な結果②:タスクの中身も分かれる——「成果直結」か「汎用会話」か
タスク種別でも差は明瞭です。中〜高SESは、執筆(下書き・言い換え・校正)、要約、コーディング、数理・論理、データ分析といった“成果直結”の用途が多いのに対し、低SESは、ブレインストーミング、一般知識Q&A、雑談など、汎用的な会話タスクの比率が高いという結果でした。
主な結果③:SESによる言語スタイルの差も
6,482件の実プロンプトを分析すると、高SESほどプロンプトが短く簡潔で、言語の抽象度も高い傾向が見られました。低SESでは、挨拶や感謝(hi、thank you など)といったファティック表現や、比喩的表現の使用が相対的に多い傾向が観察されたとのこと。なお、擬人化指標の一部は傾向はあるものの、有意差が限定的である点も付記されています。
なお、著者らは、サンプルが米英のクラウドワーカーに偏っていること、主観的SES指標ゆえの曖昧性などの限界を明記しています。一般化には留保が必要ですが、それでも「頻度・文脈・タスク・言語スタイル」という四層で一貫した差が出た点は、設計や評価の前提を見直す根拠として十分に強いと言えます。
設計への引き直し:研究から導かれるプロダクト要件
この研究は、「抽象的・簡潔な指示に最適化された体験」が現実のユーザー多様性を取りこぼし得ることを示唆します。設計の焦点は、低SESに相対的に多い“関係志向・丁寧・具体”的な語り口からでも自然に成果へ接続できることです。まず、会話の前段に「意図抽出+抽象度調整」の中間レイヤーを置き、挨拶や感謝、雑談的な導入をノイズとして除去せず、意味の手がかりとして解析します。そこから、要件・制約・評価軸へと束ね直し、「要約」「構成案」「下書き」「表作成」「チェックリスト」など、すぐ実行できるタスクに変換して提示する。著者らが強調するのは、SESをまたいで頑健に機能する評価・設計が必要だという点です。上位SESに寄りがちな“正解が定義しやすいタスク”だけでなく、低SES側で相対的に多い利用パターンも含めて、モデル性能を測り直す必要があります。
1)オンボーディングと日常利用の橋渡し
ユーザーが「こんにちは、今日は少し疲れていて……」といった関係的な導入で入っても、背後の目的を抽出して次の一手(ドラフト生成、要約、タスク分解、予定表への反映など)を即時に提示できる体験が有効です。頻度・文脈・タスクのSES差を前提に、仕事・学習文脈への自然な誘導を仕様化します。
2)抽象度の自動整合:抽象と具体を往復させる
高SESほど抽象的で短い指示、低SESほど具体で物語的——こうした「抽象度ギャップ」を吸収するため、入力の具体度を推定し、不足情報の補完(目的・評価基準)や要件の要約を自動で行います。どの話し方でも同水準の成果に着地できるよう、前段で整える設計が鍵です。
3)評価データとKPIの再設計
上位スキル前提の短文・抽象指示に偏った評価では、社内の多様な話し方で性能低下が起きます。低SESで相対的に多い利用パターン(雑談導入、一般Q&A、ブレストなど)を評価項目に含め、会話品質KPI(意図の再確認なしで次工程へ進んだ割合、追加プロンプト不要率など)で常時モニタリングする仕組みが必要です。
本研究は、頻度・文脈・タスク・言語スタイルの四層でSES差を実証し、評価と設計が特定の話し方に偏ることの危うさを指摘しました。CIOやプロダクト責任者にとっての答えは明快です。「どの話し方でも仕事が進む」体験を、意図抽出と抽象度整合の仕組みで保証すること。そして、評価・運用のKPIをスタイル横断で再設計すること。こうした方針を実装すれば、抽象指示が得意な一部の人だけでなく、組織全体で生成AIの果実を享受できるということなのではないでしょうか。